ビラ=マタスによるマイナー文学史「ポータブル文学小史」



ビラ=マタス

エンリーケ・ビラ=マタスは、「バートルビーと仲間たち」が、たぶん日本で初めて翻訳された作品で、私自身は、この作品で、一気に大好きになった作家。そのビラ=マタスの「ポータブル文学小史」という作品が新たに翻訳されて出版されたので早速読んでみた。


シャンディ

この作品は、タイトルだけからすると、文学の歴史を語るような作品に思えるだろうけれども、そういった作品ではない。「バートルビーと仲間たち」も、マイナーで寡作な作家をバートルビー症候群という名付けて逸話を交えながら紹介する作品であったが、この「ポータブル文学小史」もこれに近い。元祖奇形文学とも言えるロレンス・スターンによるトリストラム・シャンディに由来する「シャンディ」という秘密結社を創造して、それを基軸に文学のみならずデュシャンやピカビアなどにも言及しながら、広範な意味での前衛芸術家の多くの作品に言及していく作品。


物語でもなく

10章で構成されるこの作品は、そのシャンディ的性格を基軸として、前衛芸術家のその特異な性格を浮き出させる。
そのシャンディの入会条件は「高度な狂気」「作品が軽くてトランクに楽に収まること」「独身者の機会として機能する」ということであり、さらに、このシャンディと見なされるためには備えていることが望ましいと考えられる特徴として、「革新精神」「極端なセクシャリティ」「壮大な意図の欠如」「疲れを知らない遊牧生活」「分身のイメージと緊張に満ちた共存」「黒人の世界に対する親近感」「傲慢な態度をとる技術の錬磨」が上げられているということ。
ここに、この作品が語りたいことが凝縮されている。極度の独自性とそれに付随する孤立性。そして、ポータブル文学小史というタイトルの意味でもある「作品が軽くてトランクに収まるということ」。決して、長大ではないということは翻せば、物語るのではなくて、奇異に言葉を並べる作家であるということだろう。そんな人々の特性が描かれていく。


芸術家たち

しかし、ここで扱われているのは、20世紀のマイナーな文学者や芸術家。私自身は、芸術も文学もマイナーな人々が大好きなので、ここに出てくる作家・芸術家は見知っているし、大好きな人々であることもあり、興味深い。一方で、一般の人々にとっては、ここに出てくる作家たちはなかなか知らないだろうので、その時点ですでにこの作品を面白いと思えないだろう。そう、この作品は完全に読み手を選ぶ作品である。


引用

そして、その題材をもとに描かれていく作品は、さらに何とも言えないそれである。シャンディという言葉自体も過去の作品からとられているが、さらには、オドラデクというカフカが作品の中で名付けた謎の小生物にまつわる様々な作家の態度であるとか、クローリーという作家に言及するなど、シャンディ的性格を持つ作家作品とそれに似て非なるといえるような作家を作品を通してつなげていくといき、現代奇異文学を縦断していくというそんな作品。


テキスト

だから、何なんだといわれれば、それはとても難しい。一体何を描いているのかと。私には、しかし、とても心地よい作品でもある。こう表現しても理解不能だろうけれども、とにかくテキストがすばらしい。この、情緒に全く流されずに、仮想的な題材をさも現実のように真剣に語りながら、乾ききった表現を続けていく作品。正直言って、そこに書かれている内容を超えて、そのテキストにうなってしまうのは、おそらくそのシャンディ的性格を内在する読者に共通する反応ではないかと思う。


浮遊

つまり、浮遊するしかない存在たち。そして、言葉では語りきることの出来ない感情を持っていて、言葉に不信感を抱きながらも、なお言葉で表現する人々たちとは。だから、どこかに根を張る訳ではないので、ポータブルである存在である。さらに、結局他と自己の間に何らかの差異を感じる故に独身的な存在である。浮遊する存在であるからこそある種の客観者として社会を眺めることの出来る人々はしかし、結局理解されるわけでもないというその悲しさ。しかし、それを取り上げるということ。そして、何よりも仲間を作りたがらなそうな人々を秘密結社にしてしまう矛盾に、しかし、その疎外者へ暖かい状況を提示するということ。
浮遊する特異者のその悲哀への暖かい視線を、心地よく、そして極端に言えば救われるかのような感情を抱く人は少なくないのではないだろうか。


絶品文学

私は、超マイナー文学好きであるが故に、この作品は、私の大好きな作品の一つとなっている、おそらく、この作品にこれほどの感情を抱く人は、非常に少ないだろうけれども。
ただ、私は、何度も書いているけれども、文学表現とは決して物語ることではなくて、テキストに力を込めることだと思っているので、このビラ=マタスによる「ポータブル文学小史」のような凝縮されたテキストが埋まっている作品は、私は、絶品文学といわないではいられない。
謎の文学の世界に飛び込んでいきたい人は、是非とも読んでください。


関連リンク:
書けなくなる症候群 バートルビーと仲間たち - Rogi073.Diary
関連サーチ:
エンリーケ・ビラ=マタス(AMAZON.co.jp)
エンリーケ・ビラ=マタス(Google)
エンリーケ・ビラ=マタス(Technorati.com)
エンリーケ・ビラ=マタス(flickr)
Powered BY AmazoRogi

ポータブル文学小史
発売元 : 平凡社
発売日 : 2011-02-15 (単行本)
売上ランク : 56978 位 (AMAZON.co.jp)
¥ 1,995 在庫あり。
Powered BY AmazoRogi Data as of 2011-03-05
See detail & latest visit AMAZON.co.jp