ロシアの作家 ウラジーミル・ナボコフの「賜物」を読んだ
ナボコフ
ロシア出身の作家で、その後アメリカへ亡命した作家、ウラジーミル・ナボコフ。母国語であるロシア語での作品のみならず、母国語ではない英語での作品も残している作家であり、ベケットなどとともに、母国語以外の言語を使って名作を残した作家の代表格でもある。賜物
そんな、ナボコフのロシア語で書いていた時代の代表的な作品である「賜物」が、世界文学全集のひとつとして出版されたので読んでみた。ロシアからドイツへ亡命してきた若き詩人であり、作家フョードルを主人公とする作品。5章構成の作品であって、そのうちの一つの章は、そのフョードルが書いたという設定の伝記小説「チェルヌィシェフスキーの生涯」に当てられている。そのほかの4っつの章は、このフョードルの文学とそして生活のその不安定な状況における行動を描いている。
文学を描く
この作品、作家を主人公としていることもあって、通常の物語という形態にとどまらない作品である。主人公自らの詩の、他者による、および、自己による批評を満載しているし、さらに、小説内小説である、第4章を巡っての批評や自己分析なども展開されている。また、そういった批評の課程において、多くのロシアの作家に言及しており、このあたりにも文学そのものへの考察が、この作品の中には織り込まれている。各章
各章をおおざっぱにまとめると、以下のようなところか。第一章
亡命してきた若き作家が自身の発表した詩への批評と批評への批評を行いながら、自身が目指そうとする、そして、あるべき表現とは何かを考察する。そして、その詩の分析、妄想や知人の事件などに言及しながらの追求の陰には、作家としての、そして、その亡命状況での生活に対する不安のようなものが垣間見える。第二章
ここでは、この若き作家の過去への言及に変わる。子供時代、そして、家族。特に昆虫学者である父に関する密度の濃い描写。時に、人は、自己の分析において、その現在をつかむために過去の環境に言及し、そのもたらして影響を分析しようとする。この章は、まさにそういった位置づけではないのだろうか。第三章
新しい下宿先での生活。そして、そこで出会ったジーナという娘との恋。第四章に掲載される新しい伝記小説の執筆を巡る展開。作家としての基盤を構築するための作品を作り上げるとともに、ジーナという存在によって、生活面にも新しい展開の可能性が見いだせ始める。新たな可能性がその不安定な中にも生まれ始めるというところ。第四章。小説内小説「チェルヌィシェフスキーの生涯」。このチェルヌィシェフスキーという人物については、私自身は余りよく知らないのだが、ある意味では、ロシアの思想、文学などにおいて、重要人物であると思われる存在。その人物を取り上げて、そのカリスマ的な側面と人間的な側面を描くことで、まるでロシアを回想しながら、さらに、そのロシアから自立しようとしているかのようでもある。
第五章
そして、ついに出版された「チェルヌィシェフスキーの生涯」。それを巡る数多くの批評が取り扱われる。それとともに、批評した人物との会話の妄想を通しての自己批評や、一方で母親への手紙や、父親との再開の夢など、やはり、ここでも、自己の不安が垣間見られる。しかし、それでも、出版された作品はそれなりの評判を得始めて、そして、ジーナとの二人の生活がまさに始まろうとしている。不安を感じる中にも、大いなる可能性を感じつつ、しかし、その可能性を前にまた別の震えのような不安を感じているようでに読み取れる。不安を超えて
私自身には、この作品は、若き作家の自立への第一歩を瑞々しく、そして、時にドロッとしたものも交えながら、そこにある不安を描きあげた作品であると感じた。それとともに、作品のなかで文学や詩に言及することで、文学そのものについても議論するという側面も待たせることで、単純な青春小説には終わらない立体感をもつ作品であるとも思う。まさに名作と呼ぶにふさわしい作品ではないだろうか。文体
それとともに、私のこの作品に感じた心地よさは、その文章表現そのもの。文学には、物語を語るという側面とともに、何かを言語化して表現するという側面があって、つまり、物語の楽しさとともに、文章表現の心地よさというものも非常に重要な要素であると私自身は考えている。その意味では、この作品の文章表現はまさに私好み。時に少々回りくどい表現も用いながら、時にちょっとした情景を厳密に表現してみせるところの文章力は本当にすばらしい。時に、第五章にある湖の周りを散策する主人公を表現する文章は、芸術品。こういう文章を私は読むのが大好き。だから、時にある安易で陳腐な小説は、物語のみならず、文体としても読むに耐え難い。こういう真の文章表現がある作品がちゃんと世に出続けることを私は望むし、出版社は、文章表現力のない作品は売らないで欲しいとさえ言いたい。まぁ、商業である以上しょうがないのだろうけれども。ちなみに
ちなみに、こういった作品は、自伝に近い作品ではないかと思わせるのだけれども、ナボコフ自身は、これが、自伝に近い作品であると言うことを否定しているそうだ。ただ、感情の要素としては、ナボコフ自身が感じていた感情を元にしていて、そこに物語的な衣を着せたというようなそんな作品なんだと思う。おすすめ
ということで、作品としては、ハードカバーでそれなりの小さい文字で600頁弱という大著なので、気軽に読めるものではありませんが、これからもっと文学の深みに入っていきたいという人には、是非とも読んでいただきたい作品です。関連リンク:
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