憎しみの独白、トーマス・ベルンハルトの消去を読んだ



トーマス・ベルンハルト

20世紀オーストリアの作家、ドイツ語圏文学における重要作家の一人、トーマス・ベルンハルト。日本では、あまり知られていないのだけれども、小説家・戯曲家として認められている。


消去

そんな、トーマス・ベルンハルトの生前に発表された最後の作品が今回紹介する「消去」。
この作品は、前半と後半の2章構成になっていて、日本の出版物だとそれぞれが上下巻に分かれている。
今はローマに住む書き手のもとに両親と兄が交通事故にて死去したことが電報で伝えられるところから始まり、そのことをきっかっけに主人公が回想する自らの故郷ヴォルフスエックおよび家族や、オーストリアに対する主に憎しみの感情を吐露していく前編とお葬式のために帰郷したヴォルフスエックでのさらなる主人公の回想と感情吐露の後編により構成される作品。





改行

この作品には、そのそれぞれの章には改行が存在しない。ある思考をきっかけに、回想が始まり、そして、ことこまかに批判が加えられていく。何かを思い出しては、それに対して恨みのこもった批判がひたすらに述べられていく。それらが、改行が入ることなく、次々に話題が展開していきながらも、永遠と執拗なともいえる独白が続く。そこには、前向きな希望の言葉はなく、読んでいるだけでも不快になりそうなほどにただただ、批判するばかりの主人公。


話法

そして、話法的にも少し変わっている。直接話法と思いきや、全体が大きく囲われた間接話法になっている。ここに、自分のことのようで他人のことのようであるという意図が仕組まれていて、一方で、この批判ばかりしない人物をただ、他人事のようにしか取ろうとしないであろう人間の性質を示唆しているようでもある。


自己中心的

確かに、我々は自分で思っている以上に自己中心的であり、他者に対しては批判的である。むしろ、ここに描き出されている人物の姿の方が、表面を取り繕わない人間そのものなのかもしれない。我々は、嫌なやつでありながら、そうではないように振る舞っているだけかもしれない。


子供時代

一方で、もう一つの示唆はトラウマである。「ぽっかり口を開けた空虚」とここでは表現されている主人公の悪い記憶に満ちた子供時代。確かに、子供時代の体験は、人間を否定的にするのか、肯定的にするのかを分けるのかもしれない。


一体

しかし、この作品は、一体何を描こうとしているのか。「消去」しかないと、この主人公は最後に考え至り、この作品、「消去」を執筆することを決断する。これによって、何を「消去」しているのか、家族なのか、ヴォルフスエックなのか、子供時代なのか、自分自身なのか、それとも、この憎しみを抱く自分自身の感情をなのか。
確かに、この主人公自身が、多くのものを「消去」したくて溜まらないのだろうと、結局、そんな気がする、それを批判によって代替しているだけなのかもしれない。


なかなか

この書籍は、もうほぼ廃盤にちかい状態のようで、なかなか入手困難な状況になっている。今後再刊される可能性がどのようになっているのかはわからないのだけれども、もし興味を持って、そして、売っているのを見つけたら、すぐに手に入れることをおすすめする。


しかし

しかし、この作品どういう人に勧めればいいのだろうか?そして、どのようにして勧めればいいのだろうか?ここからすぐに得られる教訓など無いといっていい。よっぽど、文学を読むという行為に精通していないと、この作品の存在意味を読み取れないだろう。しかし、この作品、作風は、おそらく、既存の文学の価値観を破壊するには十分すぎるそれだと思う。私自身が、完全に文学のイメージを破壊して新たな文学の大地を見いだすきっかけになった作品は、ベケットのワットであった。
良く世の中に出回っていてほっといても情報が入ってくるような文学に、何か物足りなさを感じているような人には、この作品をおすすめする。文学体験でしか得ることの出来ない、何かがそこにあることを体験できると思う。


予告編

ということで、しかし、こういったあまり知られていない文学をどのようにしたらより知ってもらうことが出来るのだろうかと考えた末に、予告編を作ってみることにしました、あの映画のそれのように。まぁ、文学をまとめる行為に対しては様々な批判があるのと思うし、私自身も批判的な立場であるのだけれども、しかし、微々たる話題でも立たないかなと思い作ってみたのが、上に張った動画です。


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消去 上
発売元 : みすず書房
発売日 : 2004-02 (単行本)
売上ランク : 435973 位 (AMAZON.co.jp)
¥ 2,940 在庫あり。
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