ICCにて記号論とメディアアートに絡めて



ICC

さて、オペラシティーのICCにて、時々開催されている講演会ですが、「記号論で読み解くメディア・アート入門 」というタイトルで、11月28日に介さされた者を訪れてみた。


三部構成

今回は、
 第一部「記号と意味についてのレッスン」西兼志
 第二部 アーティスト・トーク クワクボリョウタ,畠中実
 第三部 シンポジウム クワクボリョウタ,西兼志,藤幡正樹石田英敬,畠中実
という三部構成で、お勉強して、アーティストの思いを聴いて、ディスカッションというところ。ただし、所用があって、残念ながら、第二部の途中で退席しないといけなかったので、中途半端な感じになってしまったのは、残念。


第一部

第一部はレクチャーで、西兼志という研究者によるレクチャーで、記号論について再度整理した後にそこから、メディアへと言及していくような展開。この記号論をピラミッドというモデル構造へと落とし込んでの解説で、接触、イメージ、コードの順で下層からくみ上げられた構造をまず提示した後に、そこに落とし込んでいくという話。例えば、進化であれば、そのままこの順番を辿っていて、触れることによるコミュニケーションから、絵によるコミュニケーションへ、そして、最終的には、言語によるコミュニケーションへと向かう、といった感じ。逆に技術は、活版印刷から始まり、絵画へと進み、テレビへと媒体が変化していくので、逆向きの経路になる。
で、何故、トライアングルではないかというと、ここにコミュニケーションのモデルがもう一つの次元として現れてきて、情報の送り手と受け手、そして、その外部にある世界という水平方向の三角形があるので、結果プラミッドになると。
あとは、スティングレーという人と、ブーニューという人を対比的に扱って、さらに、このモデルを説明すると。


第二部

で、第二部はアーティストトークで、プリペアード・ラジオという作品を作ったクワクボリョウタという人のトークで、聞き手として、ICCの畠中実さん。
この作品は、ラジオの音声から母音部分を取り除いて、音声を出力するという作品で、4台のラジオで構成されている。
これによって、本来情報を言葉のみで伝達しているであろうラジオからその意味が取り除かれる。結果として、そこに雰囲気のみが残存するということになると。
第一部との関連でいうと、コードによるコミュニケーションだけではなくて、話し方などによる雰囲気もコミュニケーションに入り込んでいることを暗示しているようにも感じる。


ということで

そんなところで、記号論からメディアアートへと繋がるところを理論的に説明しながら、一方で、その前提をもって再度作品について考えるというところで、両側から考えることが出来るというのはとても素敵な機会だったと思う。出来れば最後まで聴きたかったところなので、残念。
あと、最初のレクチャーのところは、比較的プリミティブなメディアという印象だったけれども、これがさらにインターネットやコンピュータになると度いうことになるのかというところが知りたいところだった。ひょっとしたら第三部あたりでそんな話もあったのかもしれないけれども。




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ICC ONLINE | アーカイヴ | 2009年 | オープン・サロン/メディアアート 記号論で読み解くメディア・アート入門
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