フォン・トリアー監督による狂気的なメランコリアを見た
フォン・トリアー
フォン・トリアー監督は、ここ最近では、少し前に公開された「アンチクライスト」において、精神と肉体の極致を描くなど、美しき狂気を感じさせる作品を残す監督。自身も、うつ病を患っていたり、また、カンヌにてヒトラー関連で問題発言した末に追放されるなど、かなり只者ではない人物。一般には、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」が有名。
メランコリア
そんな、トリアー監督による最新の作品「メランコリア」が公開されらので、見に行ってみた。この映画は、最終的には、惑星「メランコリア」が地球に衝突するという設定の映画。そこへ向かう過程における二人の姉妹の狂気的な態度が主題となった映画。
結婚式
まずは、広告業界で働いてはいるものの、精神的な不安定さを抱える妹の結婚式から始まる。場所は、姉夫婦のお城。しかし、その妹の行動は安定性を欠く。そして、結果的には、このパーティーにやってきた人は次々と帰っていき、会社の上司に見捨てられて、伴侶となるべき人にも去られる。
姉
その精神の不安定性を抱える妹の行動を腹立たしく思いながらも、結局面倒を見ることになる姉一家。しかし、そこに新たな要因が加わる。惑星メランコリアの地球への接近。
この惑星の接近という危機的状況を前にして、今度は、姉のほうが、その恐怖から精神の安定を欠いていく。一方で、妹のほうは、むしろ安定を取り戻していく。
衝突
そして、その時はやってくる。惑星の衝突。避けようのない危機。それを迎えて、映画も終わる。
反転
危機的状況を迎えて、逆転する精神。それは、結婚式の場面で出てくる母親の特異な行動を受け継いでいる姉妹だからなのだろうか。しかし、これは、持てる者の中にある脆弱性とそうではないものの粘り強さを示すのかもしれない。ある意味では、持てる者に対する痛烈な皮肉ともとれてしまうようなそんな映画。
危機を迎えて絶望感を感じる人物というのは、むしろ、どれだけそれまで気づくこともなく恵まれた生活を謳歌していたのかということが明白になる。
なんという
この映画をなんととらえたらいいのか。精神の危機的な状況と環境の危機的な状況の意味とは。一方で、その映画の内容とは別に、その映像の美しさは圧倒的。また、冒頭のイメージ映像に始まり、なぞの19番ホールだったり、美しさと謎が映画に収められている。
それは、映画のストーリーを超えた映像美術的な要素も強い作品だと思う。
関連リンク:
映画「メランコリア」公式サイト │2012年2月17日(金)ロードショー関連サーチ:
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