トマス・ピンチョンのメイソン&ディクソンを読んだ



トマス・ピンチョン

アメリカ現代作家の巨人、トマス・ピンチョンの作品、メイソン&ディクソンを読んだ。
このトマス・ピンチョンは、寡作な作家であり、かつ、公の場に姿を現さないが故に、謎めいた作家でもある。一方で、その作品のレベルは圧倒的であり、現代最高峰の作家の一人。ノーベル賞を取ってもおかしくないとも言われている。現在までには、長編では七作程度が出版されている。
今まで、邦訳は散発的に出版されていたのだけれども、今年2010年から新潮社よりトマス・ピンチョン全小説として短編集を含む彼の全作品(全8巻)の刊行が始まっている。
その第一弾作品、メイソン&ディクソンを読んでみた。


メイソン&ディクソン

このメイソン&ディクソンについて、まずは、前知識として必要なのは、アメリカには、(私自身も知らなかったのだけれども)、メイソン・ディクソン線というものがあるということ。この線は、アメリカを南北に分断するラインでもあり、かつての開拓時代の領地争いの中で引かれたもの。そして、その後の歴史の中では、南北を区分するということから、奴隷制などとも関わりを持つ。
そして、この線を引いたのが、チャールズ・メイソンとジェレマイア・ディクソン。つまり、この作品の主人公の二人である。


真実を元に

そんな歴史を踏まえた作品。とはいっても、完全なノンフィクション作品であるというわけではない。ある程度、歴史的事実を踏まえながら、そこに、数多の創作や誇張が加えられた作品。こういった歴史や文化などの事実を踏まえながらの、自由なリアリズムというのは、マジックリアリズムなどをはじめとして、現代文学の大きな潮流の一つであると思う。


大樹のような

この作品、ハードカバー500頁超の上下巻で構成される作品で、かなりの分量の作品。その分量の中、作品の話題の中心は、メイソンとディクソンが、アメリカに線を引くための測量を行うことである。しかし、トマス・ピンチョンたる作家は、それをただただ語るような作品などは書かない。その測量の行程にまつわって、数多の出来事が描写される。
その作品は、大樹のよう。物語の中心であり、幹の部分は確かにその測量なのだけれども、その測量に関する記述はあまり多くなく、その周りに枝葉のようにその当時の文化などの様子を感じさせるような描写が広がっていく。まさに大樹のような感覚。しかも、それが、まとまりを欠くことないところが、また、大樹。


圧倒的な知識

そして、ここで驚かされるのが、その圧倒的な知識と想像力。これは、この作品に限らず、他のピンチョンの作品でもそうで、トマス・ピンチョン作品のおもしろさの一つだと思う。時に、様々な想像力を駆使しようとする作家や、知識を利用しようとする作家は多くいるけれども、想像力を支えるべき知識が欠如していて目につく矛盾が放置されていたり、逆に、ただ知識をひけらかしているだけで、イメージは広がらないような文章を書くにとどまっている例が少なくない。しかし、膨大な知識の元に、しかし、文章全体に、珍道中的な雰囲気が満ちているのは、そういった知識と想像力が圧倒しながらも、背景にしっかりと溶け込まされているが故だと思う。


人間喜劇

しかし、その圧倒的な世界をとらえるには、読者側にも十分な想像力が求められる。しかし、その大樹のような全容をとらえるのはなかなか難しい。たとえば、その幹としてある線を引くための測量にまつわって、人種差別に関連するような物語が様々な場面で出てきていたり、まだフロンティアの状況でもあるアメリカのインディアンを含めた人種の混合具合であるとか、測量にまつわる科学技術であるとか、街々にいる娼婦たちとか、協会の勢力争いとか、主人公たちの家族との関係、霊的なもの、および多くの時間を共有するこの二人の人間関係の変化だとか。様々な話題がそこには詰まっていて、その要素をしっかりと認識しきることはかなり困難。私自身も読み落としている部分は相当多いと思う。そして、その全体を総括する何かのテーマをとらえるようとすることは、出来ない(もしくは、作家自体もそんなことは表現していないかもしれない)。
結果としては、私自身は、その膨大な状況のなかに、人間の様々な姿を、しかし、批判的にではなくて、コミカルに描くというのが、バルザック的なものとはまた違う人間喜劇という作品である、と理解してみている。


とらえきれず

というところで、私自身も、この作品を読みながら、そのすべてをとらえ切れている自信など全くなくて、その一部をなんとなく読めたかなというレベル。この圧倒的なピンチョンの想像力の足下ぐらいはなんとかとらえたかなというところ。
そもそも、海外文学は常にそうなのだけれども、登場人物の名前を覚えるのが困難。この作品は、帯に主要人物の特徴が記載されているので、それがフォローにはなってくれたけれども、しかし、やはり、この人誰だったっけって思うこともありで、そんなところも、読むのが難しくなる一因でもあるが。


面白い

しかし、そのとらえ難さは、難解さであるということではない。むしろ、面白い。変に、それでも、この物語の全体を理解しないといけない、と、思い込んで読むと難解に思えるだろう。しかし、そんな読み方よりも、もう少し気軽に読む方がいいかもしれない。この作品は、10数頁ごとで節区切りされているので、各節ごとにある物語を楽しめばそれでいいというスタンスでもいいぐらいではないかとさえ思う。そして、そのコミカルさを堪能しつつ、各節の物語を頭の中で合体させていけば、なんとも、面白い世界がそこに広がっているのがわかるのではないだろうか。


続々

ということで、膨大なこの作品体験は、ある意味、過去の世界をヨーロッパからアメリカにかけて船移動も含めたながい旅をしているような体験でもあると思う。なかなかハードルが高い作品と感じられる人には、気軽な気持ちで、少しずつ読んでいくというスタイルもおすすめしたい。
ちなみに、トマス・ピンチョン全小説は、すでに第二弾逆行も発売になっている。こちらも、早く読み始めたいと思う。


関連リンク:
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トマス・ピンチョン|新潮社
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トマス・ピンチョン全小説 メイスン&ディクスン(上) (Thomas Pynchon Complete Collection)
発売元 : 新潮社
発売日 : 2010-06-30 (単行本)
売上ランク : 34826 位 (AMAZON.co.jp)
¥ 3,780 在庫あり。
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