アラン・ロブ=グリエ の反復を読んだ



ヌーヴォー・ロマン

さて、第二次大戦後、その反省も踏まえてか、それぞれの芸術分野でそれまでの情緒によった表現からより前衛的、もしくは、心理的、内面的なものが重視された表現が生まれていったのだけれども、文学の世界でのそれは、ヌーヴォー・ロマンといわれた一連の流れが生まれていた。
情緒の描写や道徳や価値観の直接的な提示からは離れて、よりテキストを追求するような作風でタネを提示して、そこから何を読み取るかは読者に委ねることによって、価値感に自由をもたらせる作品への傾倒と私は理解している。ちなみに、この同時期にヌーヴォー・テアトルとして演劇の革新があり、その代表的な一人が私の好きなサミュエル・ベケット。また、映画の領域ではヌーヴェル・ヴォーグといわれた流れが同時期にあった。


最晩年

その代表格の作家といっていいのが、昨年亡くなったアラン・ロブ=グリエ。その「反復」を読んだ。この作品は、ロブ=グリエ最晩年の作品なのだけれども、この作品のあとに、もう一作在るようなのだけれども、日本語の情報が極端に少ないため、正確にはよくわからない。日本語訳としては、この作品が現時点では最後の作品である。


まさに

作品は、戦時のベルリン。ある男の報告書という形態で作品は叙述される。そして、ここには暗殺がからんでいて、さらに、その暗殺を企てているバックの人間がいる。
と、物語としては一見単純なのだけれども、そうではないのがロブ=グリエ。この主人公と思われる報告書を書いている人間が、どうやら双子らしいという設定。そして、報告書という形で物語りは進むのだが、ところどころ註というかたちで、この報告書の内容に対して疑義を提示しつつ、さらに追加する情報を提示する人物がいる。一方で、この報告書を書いている人間に指示を出している人間がいる。この三者に加えて、暗殺される人物のその4人の関係性が結局最後まで明確にならない。
このあたりの一見整合のとれているかのように書きながらも物事がどのようにでもとれるように構成されているあたりが、正にロブ=グリエを感じさせる。


だれが生きているのか

この混乱は、さらにそれぞれの人物の一体誰がどの時点で生存しているのかが不明なことによってもさらに助長される。死んだことになっているだった人。そう、暗殺された人物ですら、最初の殺害ではまだ死んでおらず、その後とどめを刺される。そして、この暗殺を行ったのは誰なのか?そして、最後に死んだのは?最後に逮捕されたのは?最後に脱出したのは?一体誰なのか。追求しようとしても、恐らく追求しきれない構成になっている。


エロチシズム

そして、さらに読者を混乱させるのは、妄想なのか現実なのかよくわからないエロチシズム。さらに、そのような内容は、警官によってまでも語られる。この要素によってさらに真実を混乱させる。


推理小説的に楽しむ

中身としては、それほど哲学的な深さを感じさせる作品ではなくて、むしろ、絡み合う展開を読み解こうとしながら、推理小説として楽しむのが適切な読み方であるように思う。




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