現場



1.納得
勝手ながら、いつも拝読している、こちらのブログでのこの意見にとても共感を覚えて、少し、私の考えを書きたくなりました。


室井絵里のアート散歩
批評とか、評論も「現場」と極力つながらないとダカラ「面白み」もわかんないんじゃないかな。


2.というのも
というのも、確かに現代というと、

確かにその「ビジョン」を出しにくいのが「現代」なんですよ。だけど。。。
というところがあって、そこに必死に立ち向かう人もいれば、それに対して、単に批評的な立場をする人がとても多くなっている気がする。特に、ある種(まやかしの)の成功体験におぼれたある世代以上の人にこの傾向が強くて、すぐに昔はこうだったああだったといいだして、こんなやり方で良いのとすぐに批評してくる人。だけど、よくよくいろいろと聴いてみると、それほどの経験値はなくて、その以前の世代の焼き増しで通用した世代の人々であって、その成功体験にあぐらをかいている人がとても多いという事実。その意味で、今の日本の状況って、景気が良い悪いに関わらず、とても危機的な状態だと思う。結局みんな批評家化して、結果として誰一人として責任を負わない、担当者に全てを投げつけるという。で、うまくいかないと、ほらいっただろと、そして、うまくいくと、俺の助言のおかげだと。でも、私の世代の感覚から言うと、あなたたちの意見なんて全く参考にしていません、が現実なんですよね、そういった批評家の意見は何一つとして役に立たない、まぁ、とりあえず参考にはするけれどと。


3.現場
で、かといいながら、ある種の世代の人は現場や現物が重要で、デジタルなものはまるっきり信用すべきではないという意見を言うのです。でも、彼らの世代って、何かを創造したのですっけというと、何も無いんですよね。各時代の新製品分布をつくると、ぽっこりと抜けている時代があるように思うのです、で、その世代が現在の指導者層にいるというのが、とても辛いところ。だけれども、アナログしかわからない彼らは、デジタルというだけで、現物から離れていると思う。だけれども、ものを生み出すときの苦しみを感じていないことがもっとも現場から離れている感覚だと思うのです。それは、アナログ的手法だとか、デジタル的手法だとかは関係ない話しで。だから、はっきりいって、ある種の世代は全く信用できないです。


4.我々の使命
で、我々は、そういった口先だけの表向き成功体験人間にならずに、就職氷河期だとか、バブル崩壊の中で、自分の努力だけではどうにもならないように思える時代を生き抜いてきたことを誇りに思うべきかもしれないと、そして、さらに言うべきは、自分たちの時代に誇りを持ちすぎずに、次の世代のための自由度を生み出すことが大切だと思うのです。これからの日本というか、世界のためにも。で、それは、アナログからデジタルの転換というのをひしひしと感じたWindouws95世代が出来ることではないかと。そして、web2.0の衝撃を本当にひしひしと感じることの出来る世代ではないかと。


5.捨て去れ
だから、もう、過去の成功は捨て去るべきだと。過去の成功のために、冒険出来なくなっている企業ばかりなのが、今の日本の現実のように感じます(私のいる狭い世界だけかもしれませんが)。で、実際最近のネット企業世代って、Windouws95世代が増えてきているような、そして、その人たちの感覚って、その前の、ネットバブル世代とは、違う感覚を有しているような気がするのです。景気が良いようで全く実感の湧かない日本の現実は、全てを象徴していて、やはり、この時代を改革していくべきなように思います。ってことを思いながら、自分を鼓舞する日々を送ろうと思います。