ヘンリー・ミラーのプレクサスを読み終えた



ヘンリー・ミラー

ヘンリー・ミラーは、20世紀アメリカを代表する文学者の一人と私は思っている作家。南回帰線や北回帰線が特に知られた作品だけれども、性的なものも含めた猥雑で膨大な文体によって、自伝的な内容を描く作家。
そんな、ヘンリー・ミラーの代表作のひとつで、薔薇色の十字架刑とも呼ばれる三部作があり、それが、セクサス、プレクサス、ネクサス。そのうちの2作目、プレクサスを読んだ。ちなみに、ハードカバーで2段組み600頁超の作品。


迷い人

この作品では、主に、自由奔放な妻モーナとの生活が描かれる。
文体は、相変わらず自由奔放に、自分の妻モーナや、友人たちとの自由な生活が自由な文体で描かれていて、時に過去の回想に入ってしまったりという展開もありながらも、比較的、時系列は追いやすい構成担っている。
この作品の特徴は、そのタイトルの指し示すところでもあるのかもしれないが、同シリーズの一作目とは異なり、性的な描写はかなり限定的で、むしろ、どんどんと変化し続ける主人公とモーナとの生活が描かれている。
そして、その変化は、上昇的な変化ではなくて、むしろ、困窮の中でもがきつづけるというイメージに満ちた変化でもあり、さながら迷い人のような状況が描かれている。


モーナ

このような状況に陥った一つの要因は、モーナであるのかもしれない。元々作家になろうという意志とともに、自由な生活を求める主人公。そして、そうであることをことさらに求め、主人公が定職に就くことを嫌がるモーナ。
しかし、自由な生活は、安定とはかけ離れたそれであって、常に、友人に金銭的なことも含めてサポートされながら暮らす二人。そして、時に引っ越しをし、時にやみ酒場をはじめ、時に南部へと移動し、そして、またニューヨークへ戻り。不安定な生活そのままに、落ち着くことの出来ない異動を伴う暮らしが続く。


困窮

そして、この作品で、特徴的に感じるのは、その困窮具合までもが描かれているというところ。他の作品のイメージでは、ある程度の困窮的状況であっても、自由気ままな生活を謳歌していると感じられるようなうらやましくもある状況が描かれているのだけれども、この作品では、食べるものにも困るというほどまでの困窮が描かれている。もちろん、それは、絶望的には描かれてはいないのだけれども。


作家としての

そして、その困窮は、作家としての産みの苦しみでもあるようにも感じる。常に書き続けながら、しかし、思う作品は認められず、安請け合いの文章業に身を落としながら、時に書くことすら出来ず。そして、どこかモーナにも振り回されるようにもある主人公は、作品を思うように、完成させ切れないでいる。
生活の行き詰まりと同時に、作家としての行き詰まりのようなものも漂ってきていると感じられる描写が続く。


最終章

しかし、この作品は、その困窮で終わるわけではない。最終章になると、突如、文章の内容が変わる。そこまでの生活状況の描写から一転して、主人公自身の人生哲学の描写へと変わる。
シュペングラーへの耽溺ぶりを披露し、さらに、ニーチェドストエフスキーに言及するなど、彼が、ただ単に自由奔放な書き手ではなくて、それ相応の文学に対する溺愛の意識があることが感じ取れる。
また、この最終章の独白は、それまでの困窮的な状況からの、脱皮を宣言しようとするそれでもあるかのように感じる。決意表明というような。逆に言えば、この困窮へと進んでいくこの作品の描写の意味合いが、この最終章に集約されているとも感じ取れる。


困窮

生活の困窮から、やみの酒場へ、借金や元の妻子への養育費の未払いの問題、問題はどんどんと積み重なりながら、そして、仕事をすることを選択し、なんとか生活だけは築き直そうとするが。一方である、作家への意志。それは、作者自身の才能を認める友人たちの言葉をそれでもことらに描写し続ける姿勢にも埋め込まれているのだろう。
その挫折、挫折の一端にあるモーナ。しかし、それが真に挫折だったといえるのだろうか。そのようにしてしか、道は開けないのかもしれない。特に、ヘンリー・ミラーのようにそれまでにはない描写を試みた表現者にとっては。


根力の強い

この作品からは、なんというのか、根力の強さのようなものが感じられる。それは、困窮的状況の描写による反動として感じられるのかもしれない。むしろ、困窮がより意志を強固なものにさせているようでもあり。
我々は、安全地帯にいるだけでは、何かをなすことはできないのかもしれない。困窮の中で、しかし、それでも残存するものがある。それこそが、真なるものであり、その個人の存在意義になるのかもしれない。
そんなものを手にすることの出来る人など限られているのかもしれないし、それを手に入れようと努める人も限られているのかもしれない。
その根力の強さを強く感じさせるこの作品は、そこまでの行動力は無いにしても、何がしかのけしかけを読者にしているようにも感じられてくる。
その強さを私も見習いたいと思う。


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