ICC:第三回「オープン・ネットワーク」

1.ICCリニューアルシンポ
ICCリニューアルシンポも第3回を聴講。二部構成の長丁場、目から鱗まではいかないが、それなりに面白い話が聞けた今回の内容を少し。


2.一部
2.1概要
「組織の創造/創造する組織─コミュニケーションの新形態」というタイトルの元以下のメンバでのセッション。
 ゲームクリエイター遠藤雅伸
 動画革命東京森祐治
 農産物流通コンサル:山本謙治
 東京芸術大学大学院映像研究科助教授:桂英史(司会)
2.2感想
印象に残るキーワードがあまり見あたらないセッション、今まで比較的個人的な要素が強かった各分野に組織の力を持ち込むとどうなるかというところがテーマになっていたのだと思う。実際、ゲームクリエーター、映像クリエイター、農家というと、個人営業的要素が強いものでありながら、それらを統括する試みをされているのが3名のだと(遠藤雅伸氏は自身もクリエイターだが)。なんとなく、組織することで、生活の基礎を固めてうんぬんということだと思う。が、話がとりとめもなくて、もう一つまとまりが無くなので、特にここで指摘したい内容はなかった。ただ、思ったのはまず動画革命東京でクリエイターを育てた後の発表の場の一つが映画上映というところになっているのが、どうもよく分からないというか、何が革命?と思った。音楽の世界では広くインディーズがあって、それなりの時間をかけて制作したものをCDという非常に安いフォーマットで配布しているが、インディーズはそれなりに成り立っている。映像もその方向でいって、ニッチを埋める行為をすべきなのでは?というのが印象。まぁ、映像鑑賞人口と音楽鑑賞人口の圧倒的な差があるのは事実だろうが、ただ、映画という大きなフォーマットを目指すとなると、私の興味の範囲外にいってしまうように感じた。
あと、農業連携。これは、きっと多くの人が昔から考えていて、だけれども、今ひとつ展開し切れていないというところでは。印象的なのは、今まで農家の”かん”でやっていたところにデータ分析を持ち込んでうんぬんというところ。これは是非ともやるべきで、様々な分野で職人的”かん”が無くなっているといわれているが、はっきりいって現在の時間軸において職人的”かん”を醸造することは適切ではないのは自明で(なのに、職人的”かん”を育てろといっている過去の成功にしがみつくことしか出来ない人々もいるが、ナンセンス)、それに代替する統計的データベース化は必須だと思う。ゲームに関しては、私自身がまったく素人の分野なのでコメントなし。
2.3全体
もう一つ組織という形態に対する何らかの新しい発想は見えなかった。


3.二部
3.1概要
「ネットワーク技術が変える知―情報化にともなう課題と展望」
 セマンティック・ウェブ開発:大向一輝
 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役副所長:北野宏明
 グラフィック・デザイナー:松田行正
 東京芸術大学大学院映像研究科助教授:桂英史(司会)
3.2それぞれの感想
gooRSSリーダー開発者でスーパークリエイターでもある大向一輝氏からは、webで最近話題のWisdom of Crowdあたりの話題から、ネットでの情報収集としてのセマンティックウェブの話。北野宏明氏は、私自身の知識理解力不足から具体的に何をやっている人なのか分からなかったのだが(生物学?)その発想は非常に面白くてかなり切れる人だという印象。とくに印象に残ったのは、”Robustness”と”Fragility”、”Performance”と”Resource Demands”が菱形のトレードオフ関係になっているという話。これはかなり納得のいくところで、かなりおおざっぱにまとめてしまうと完璧なものはないということ。対応力を増せば思わぬところに大きな脆弱性が生まれたり、リソースを食って重いシステムになったりと。思わぬ共存関係によって世界が成り立っているということを考えれば当然の帰結なのかもしれないが、こうやってうまく表現されるとうなってしまう。松田行正氏の指摘はかなり興味深くて、出版の歴史をひもといていくという、ネット関連の話題のセッションとはずれた視点ながら、一方でその出版という公共性をイメージとしてではなく歴史的事実として、しかも、一般に知られていないところを紹介しながら、実は出版はこんなものだったというような話で面白かった。
3.3細かい話題について
3.3.1がっかり
web2.0の話が途中に出てきて、それが意味のないバズワードだというおきまりの批評があって、とてもがっかりした。web2.0ってこれは私の思いこみかもしれ合いが、個人が個人のためにやっていることを公開するとたまたま多くの人にとっても役立ちうることがあって、それを支える発想全般のことを表現しているのだと思う。だから、そもそもそれを大上段に構えて全体システムに与えるインパクトの大きさという発想そのものがずれていて、そもそも、そういった与えられるシステムという発想から、作り上げるシステムへの転換であり、サービス提供者側は全てを提供するのではなくて仕組みだけ提供してあとは皆さんが思いつくままに自由に使ってくださいというのがweb2.0発想であり、そこからすると、そもそもユーザーが好き勝手にするという非常に個人的なものであるから、大きな立場からの批評をすれば批判の対象にしかなり得ないものであってそもそもそのような立場から批評することがweb2.0的ではないと思うというメタ的なメビウスの輪になるはずなのに、それをそうやって議論している、しかも、セマンティック・ウェブ開発者という専門家がと、ちょっと納得いかなかった。
3.3.2個人が個人のために
そう考えるとセマンティックもなんかそこに在るwebデータをどこかの中心的人物・組織が集めて云々となる(編集者がいる)と違っていて、個人が個人のためになんかやったものが、やっぱり個人の役に立つという発想であるべきなのだと思う。そういう意味では、webの世界って誰にも開かれていて誰でも使えるいわば機会の平等の世界でありながら、それをどのように使いこなすかって、かなり個人の力量に依存していて、web2.0って冷静に考えるとwebヘビーユーザーとそうでない人をより分け隔てていく発想なのかもしれないと思ったりもする。実際私の周りを見ると(私自身が身を置く世界はIT業界からは距離がある)webの使いかたによって、かなりのデジタルディバイドが発生していると思うところは多々ある。
3.3.3格差均衡が目的?
その格差をなくそうというのがセマンティック・ウェブのもくろみなのかもしれないが(捉え方によってはそのようにいっているようにも思えたので)、それは本末転倒ではと、実際誰か中心的人物(組織)はいないという話題が少し出ていたと思うので、そこをつっこめがいい結論へ導けたはずなのに、web2.0アレルギーによって、議論がうまくいっていないところだと感じた。
3.3.4質疑の本意
あと、質疑での朝日新聞の人が言おうとしていたことって、実はこのへんのことで、誰か中央制御者がいて云々という天動説的世界感がweb1.0およびそれ以前の発想だとすれば、それが、どこが中心かわからないというか無い状態で拡散を続ける地動説的世界感がweb2.0であって、そこにはやはり今までとは違う何かが在るのではないかということを指摘したかったのではとおもうのだが、表現が分かりぬくかったのと回答者が冷静さを失ったために議論が崩れ去っていたように感じた(私の勝手な思いこみかもしれないのでご了承ください)。
セマンティックウェブ
3.3全体
結構おもしろセッションで特にweb先端的な人の中に異色感のある松田行正氏がおられたのが成功でうまく何が良いのか説明できないのが残念だけどとても効果的だったと思う。
関連リンク:
ICC
動画革命東京
国立情報学研究所
牛若丸出版
関連サーチ:
ICC(Technorati.jp)
Powered BY AmazoRogi