今度は、トマス・ピンチョンの逆光です



逆光

さてさて、トマス・ピンチョン全小説から、お次は、「逆光」を読んでみました。というか、実際に読了したのは、先日紹介した「競売ナンバー49の叫び」の前だったのですが、この大著「逆光」について書くにはなかなか心構えが必要で、ようやくそのそれなりの心構えが出来たので書いてみますかと、そんなことでございます。


Against the Day

この英語のタイトルは、Against The Day。タイトルそのものもいくつかの解釈が出来そう。逆に言えば、この作品の内容そのものが多岐にわたるそれであるが故に、作品そのもののとらえ方の側面の多様性もあるということで、その結果として、タイトルについてもいろいろと解釈が出来そうと言うこと。以下にいろいろとまとめていきますが、その随所に様々な意味合いでの "Against the day" を感じることが出来ると思います。


時代背景と舞台

この作品に描かれているある多様な物語はなんだろうかと。全体を包括して表現するのも難しければ、列挙するのもなかなか難しい。とりあえず、時代背景と舞台から言えば、19世紀末から20世紀初頭にかけての北米大陸およびユーラシア大陸が主な舞台になる。
そこを舞台に、トマス・ピンチョンお得意の歴史的な事実にフィクションを巧みに組み合わせた拡張された世界が構築されているわけである。


SF

その舞台にいきなり登場するのは、謎の飛行船とその構成メンバー。ここだけ読めば、何らかのSF的な展開が後に待ち受けているのではと思わせるのだけれども、読み進めればわかるが、この飛行船は、全体を彩る一つの要素でしかない。


炭鉱闘争

次に話題になるのは、労働争議。炭鉱での組合活動と搾取側の資本家の対決として、トラヴァース家とヴァイブ家が対立構造となる。しかし、これがまた、わかりやすい闘争ではなくて、その子供の世代になると敵味方が入り乱れ始めて、憎しみの感情や監視の行動もその本来のところからはずれ始める。


科学

と思えば、大学が舞台になって、ニコラ・テスラが登場して、電気が話題になる。ここにも、純粋科学による真実を元にした話題展開に、オカルト科学的な内容が重ね合わせされている。


数学

さらに、そこから数学論争に話題が振り向けられて、四元数という数学とベクトルとの闘争が描かれる。この四元数というものを私は知らなかったのだけれども、これもまた歴史的事実であって、さらには、ここに描かれているようにカルト的一派がいたそうだ。このあたりも、膨大な知識を元に歴史上の珍事実などもうまく絡ませてくるので虚実が読者には判別できなくなるという正に、ピンチョン的迷宮の面白さの一端でもある。


奇術

そんな闘争の一方で、奇術師ご一行さまが登場したり、写真家が登場したりもする。また、物事をややこしくするのが、そのご一行さまに他の場面で出てきていた登場人物やその血縁者などが入り込んでいて、思わぬ遭遇をしたりするものだから、読んでいる方としては、どこの誰が誰とどのような関係性とバックグラウンドを持っていたのかということを理解することが困難で、さらに心地よい混乱が脳を襲う。


ツングースカ大爆発

一つのクライマックスのように登場するのが、ツングースカ大爆発。1908年にシベリアで行ったという謎の大爆発。未だにその真の要因は確定されていないというそれ。これについても、私は初めて知ったのだけれども、これもまた歴史上の嘘のような本当の出来事であり、この作品の中にうまく取り込まれている。
大爆発であるが故に、これをこの作品に登場するその多岐にわたる多くの登場人物が体験する。ある意味では、これがまさに「逆光」ということなのかとも思わせるのだが、しかし、何らかの結論に至ることはなく、物語は進んでいく。


地中都市

とかく最初の方に書いた謎の飛行船に関する記述はなかなかイマジネーションに富んでいる。敵対する飛行船が登場して、静かな闘争を繰り広げていたり、地球の中心をぬけたり、砂漠の中にある地中都市を訪れたり。他の要素に対して、大きく異なる雰囲気をこの飛行船にまつわる記述は作り上げている。


スパイ

さらに物事は進展して、スパイとしての活動に変化していく。しかも、スパイであるが故にでもあるためか、誰が何のために活動しているのかもよくわからないスパイ活動でもある。ひたすら逃げようとする状況が描かれたりもするので、このあたりは、スリルとサスペンスな物語という形態にもなっている。


紛争

そして、その延長線上に紛争が発生する。これが第一次世界大戦前夜の状況であるということなのか。どこの誰の味方なのかもわからない中を、突破していく。


恋愛・性

多岐にわたる登場人物が登場すれば、そこには、恋愛が描かれるのは自然なことであろう。ただし、これがまた全体を複雑にしている。敵同士であったはずの人物との結婚。兄弟の離婚した妻との行動。同性愛。三者愛。成就しない思い。性的な関係性のみのそれ。などなど。そもそも、その恋愛感情をどのように捉えておけばいいのかさえ、つまり表面的に同性愛者とだけ名付けてしまえばいいのだろうかと、躊躇してしまうような、状況が生み出す心理とも関連した恋愛感情と思われるだけに、感情と生活の輻輳がそこにはある。


大団円

それでも物語は、終焉を迎える。日本語版だと上下間併せて1600ページを超える大著が終わりを迎える。
シカゴ万博に始まった物語は、メキシコ周辺での労働争議などを経由して、イエール大学周辺での数学・科学闘争を通過し、ベニスあたりでのスパイ闘争を経た後に、バルカン地域周辺での紛争を切り抜けていく。その過程では、飛行船「不都合」にまつわる別世界への進入もあるわけです。
そして、しかし、終結の図は。「不都合」の乗組員は別の飛行船の女性との出会いがあり、紛争を切り抜けていったトラヴァース家の子供たちは家族を得て平穏を迎える。
意外なことに、エンディングは大団円であるようにも感じる。いくつかの要素は一体その後どうなったのだろうかというが不明のままに放置されていたりもするのだけれども。


20世紀

この作品は、ある意味では20世紀を象徴しているのかもしれない。SFという未来像を描く生き方、労働闘争、科学・数学の発展による新たな発見とその進化、紛争。私は、近頃20世紀に非常に興味があって、そこではいろいろとおもしろことが起きたと思っている、世界大戦という悲惨な出来事もありながらも。その20世紀の初頭を描いたこの作品は、いわば、20世紀へむかうためのビッグバンの瞬間を見事に捉えた作品とも捉えることが出来るとも思う。


超絶

ということで、この作品は、あまりにも超絶です。その分量と、そして、その物語と登場人物の交錯具合もまた超絶です。読むのに時間がかかるし、さらにはかなりのエネルギーを必要ともします。読んでいる途中は何度か萎えてくるのですが、しかし、読み終わると、なんというのか、少し寂しい気分がするほどです。大きな脳的体験として貴重な時間をこの作品は提供してくれる。本当に超絶に凄い作品で、私が読んできた作品の中でも、最も印象に残った作品の上位にくるのは間違いなしです。
ということで、是非とも読書好きだと自称しているかたはこの作品を読んで欲しい。海外作家の作品をあまり読まないという人は特に。きっと、すばらしい衝撃を味わえると思います。


関連リンク:
Thomas Pynchon, American Novelist | Reader's Guides & Information | Inherent Vice
四元数 - Wikipedia
ツングースカ大爆発 - Wikipedia
関連サーチ:
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逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)
発売元 : 新潮社
発売日 : 2010-09 (単行本)
売上ランク : 207813 位 (AMAZON.co.jp)
¥ 4,620 在庫あり。
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